瀬名秀明の世界のミュージアムへ行こう
(月刊フィーチャー1999.6〜2000.1連載)
(月刊フィーチャー1999.6〜2000.1連載)
| 第1回 | アメリカ ニューヨーク編 (月刊フィーチャー1999.6/pp.127-131) |
| 第2回 | アメリカ ワシントンD.C. スミソニアン 博物館モール編 (月刊フィーチャー1999.7/pp.111-114) |
| 第3回 | オーストラリア編 (月刊フィーチャー1999.8/pp.113-116) |
| 第4回 | サンディエゴ、モントレー編 (月刊フィーチャー1999.9/pp.111-114) |
| 第5回 | イギリス編1 (月刊フィーチャー1999.10/pp.113-116) |
| 第6回 | イギリス編2 (月刊フィーチャー1999.11/pp.119-122) |
| 第7回 | フランス編1 (月刊フィーチャー1999.12/pp.117-120) |
| 最終回 | フランス編2 (月刊フィーチャー2000.1/pp.109-112) |
→連載ページのスキャナ取り込み画像へ (連載第3回から最終回まで。掲載写真の雰囲気がわかります。角川書店より許可取得済み。カメラマン・山西さんに感謝!)*現在リンクは解除されています。 |
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| →写真家・山西智仁氏のページ | |
1998年12月から1999年3月にかけて、ワシントンD.C.、メルボルン、ツーソン、サン・ディエゴ、ケンブリッジ、ロンドンの6カ所計3カ国で研究・研修をすることになった。目的は私の専門分野である分子生物学の共同研究と施設見学、そして薬学教育の研修などであった。めまぐるしい生活ではあったが、せっかく多くの場所を訪問できるのだからと、各地のミュージアムを紹介するノンフィクションの企画を角川書店に持ち込んだ。ちょうど私は長編第三作でミュージアムについて勉強しており、実際に各地のミュージアムを見て回りたかったのである。これが「瀬名秀明のミュージアムに行こう!」の成立のきっかけである。自分としてはかなり気合いを入れた企画のつもりだった。
新装刊される雑誌「フィーチャー」で連載することが決まるまではスムーズに事が進行したが、実はそれからが大変だった。ミュージアム側へ取材の申し込みをするには、それなりに時間的余裕を持って進めなければならないのだが、どこに取材するかがぎりぎりまで決まらないことも多かった(自分がまったく知らないミュージアムに取材依頼することに強い抵抗を覚えたためである)。一方、ミュージアム側の対応もまちまちで、思い通りにキュレーターや広報担当者にインタビューができないこともあった。行ってみたら休館だったということもある。
取材は、現地で日本からやってきた編集者やカメラマンと合流し、数日で予定のミュージアムを巡るという強行スケジュールだった。取材日以外でも、研究の合間を縫ってなるべくその地域のミュージアムを訪れるようにした。ただし県立大学の予算で研究に来ているという性質上、公私を厳密に区別する必要があり、編集者同伴の取材日では宿を移って別予算を充てるなどして明朗会計を心がけた。このあたりの気遣いがかなり大変だったが、おかげで帰国後も大学側からクレームがつかずに済んだ。
原稿執筆のほうも苦労の連続だった。30代女性向け雑誌の連載ということで、最初のうちは書き方がつかめず何度も書き直しを要請された。連載第一回では、私の熱心な読者であった人からも「こんな原稿を書いているようでは将来が思いやられる」ときつい批判をもらい、かなり落ち込んでしまった。連載中はほとんど読者からの反響もなく、毎回のようにスタイルを変えて模索しながらの執筆となった。わずか12枚の原稿に毎月2〜3週間を費やし、この間小説の原稿はほとんど進まなかった。
もちろん、取材中は楽しいことも多かった。担当編集者のTさんは私がデビューした当時からいろいろな仕事を振って下さった方で、「科学な日常」もGLAYの原稿もTさんからの依頼だった。パリでの取材終了と同時にスイスへ移住し、いまは元気に向こうで暮らしている。連載第三回からチームに加わったカメラマンの山西さんも明るい方で、この三人で旅行するのは本当に楽しかった。
連載は予定通り全8回で終了した。まとめて書籍にする企画は通っているものの、現在の原稿のままでは本にすることはできない。いずれ全面的に直し、ほとんど書き下ろしの状態で出版することになると思う。
海外のミュージアムを紹介する本は、これまでにも数多く出版されている。だがそれらのほとんどはデータと簡単な見所を羅列するだけで、読みものとして面白いものにはなっていない(ミュージアム側への配慮があるのだろう)。本連載はひとりの人間がさまざまなタイプのミュージアムを紹介していること、編集部からのお仕着せ企画ではなく作家側が自ら取材先を決めたこと、キュレーターや広報担当者にインタビューを敢行して単なる観光ガイドに終わらせていないことなど、他の企画と比べて充分に勝負できる素因を持っていると思う。結果的には私の文章スキルが未熟であったために成功しなかったが、ぜひ書籍化して挽回したいと思っている。
これを読まれた方で、ご意見・ご感想や、書籍化に際してのご要望などがあれば、ぜひ角川書店書籍事業部までご連絡いただければ幸いである。
2000.1.9追記: Tさん、ワインありがとう!!!