瀬名秀明の世界のミュージアムに行こう!
第4回 サンディエゴ、モントレー編
(月刊フィーチャー1999.9/pp.111-114)



 子供のころ、動物園と水族館が好きだった。静岡生まれの私は、日本平動物園と東海大学の海洋科学博物館によく連れて行ってもらった。海洋科学博物館の目玉といえば、当時としては画期的な館内ぶち抜きの巨大水槽で、その中を何種類もの魚が泳いでいるのはいつまで眺めていても飽きなかった。最上階に行くと海ヘビやカニの動きを真似したリモコン制御のロボットが展示されていた。生き物の動きを単純な動力で作り出していることが子供心に驚きだった。生命というのはなんと複雑で、そしてなんと単純であることか。私はあの展示室で「生命」の面白さを教えてもらったような気がする。
 連載の初回で、動物園も水族館もミュージアムに分類されるという話をした。世界最高レベルの動物園と水族館は、いま何を考え、何を展示しているのか。是非ともそれを知りたかった。


あるべき生息環境に近い野生動物の大胆な展示

 遠くからジェット戦闘機の爆音が響いてくる。それまで思い思いに水を飲んでいたフラミンゴが、一斉に顔を上げて首を伸ばし、ガアッ! ガアッ! と甲高い声を上げながら顔を左右に振り始めた。アメリカ最大の保養地、世界の頭脳が集う生命科学研究のメッカ、タイガー・ウッズの故郷……。いくつもの顔を持つ西海岸の町サンディエゴは、また基地の町でもある。中心市街地から北東の方向に位置する広大なバルボア・パークの一角に、「ワールド・フェイマス」のキャッチフレーズを掲げるサンディエゴ動物園はある。
 園内を歩いてみると、とにかく自分と動物との距離が近いことに驚く。檻の中に入っている動物はごくわずかだ。観客と動物を隔てるのは谷を模した深い溝であり、ときには視界の広い硬質ガラスである。「ホッキョクグマの飛び込み場」や「カバのビーチ」では、ガラスのすぐ向こうに動物が見える。ボノボやゴリラも人気者だ。ヤシの葉を引きずって遊んだり、大声を上げて喧嘩したり、といったダイナミックな動きがすぐ目の前で展開される。
 これがサンディエゴ動物園の誇る「ランドスケープ・イマージョン(風景に浸し込む)」という展示法である。多くの動物は生まれ故郷の土地を真似て作られた広いスペースに放されており、本当に彼らが野生の状態で生活しているような雰囲気を私たちに与えてくれるのだ。この手法は展示スペースだけでなく周囲にも徹底される。コアラ館の脇にはオーストラリア特有の花が植えられる。レインフォレストを再現した「タイガー・リバー」という小道には、曲がり角の向こうにトラやバクがいる、という具合だ。しかも動物の穴ぐらの裏側にガラス窓を取りつけたりして、死角をなるべく作らないよう配慮している。景観の中に動物を溶け込ませつつ、ちゃんと観客の視界を確保しているあたり、設計段階から考え抜かれていることが窺える。
 サンディエゴ動物園のもうひとつの特徴は研究面が充実していることだろう。その代表がパンダだ。現在アメリカにいるジャイアントパンダはわずか三匹。ワシントンDCの国立動物園に一匹、そしてこのサンディエゴ動物園に二匹である。オスのシーシー(二一歳)とメスのバイユン(七歳半)が、それぞれ隣同士のスペースで飼われていた。普段は壁の向こうの寝床で休んでいるのだが、モニターカメラが設置されていて、起きると係員が扉を開け、パンダを手前のイマージョン型スペースに導く。観客はパンダを無駄に刺激させないよう、黙ってパンダの動きを見つめている。スピーカーからささやくような声で説明が流れてくる。どこでしゃべっているのだろう、とあたりを見回してみると、観客用通路の後方に、金髪で超ショートカット、黒いサングラスにTシャツという、まるでサイバーパンクSFから抜け出してきたような女性スタッフがアイカムをつけて立っていた。
 サンディエゴ動物園ではなんとかシーシーとバイユンに子供を産ませようと躍起になっている。だが互いの発情期がかみ合わないためメイティングは成功しておらず、そこで人工授精などの方法が検討されている。この動物園では絶滅危機動物再生機構(略称CRES)を設け、動物たちの精子や卵子や皮膚細胞を凍結保存したり、DNA解析をおこなったりしている。二一世紀の箱船を目指しているのだろう。
 広くて変化に富んだ園内、整備されたガイドツアーや説明パネル……何度も来たくなる動物園だ。さらに郊外に足を伸ばせば、より広大なスペースをこれでもかとばかりに利用して動物を放し飼いにしている姉妹動物園のサンディエゴ・ワイルド・アニマル・パークもある。地元の人は「動物園での役目を終えた動物たちが入る老人ホーム」といっていたが、単なるサファリ・パークではない。園内で開催されるいくつもの動物ショーは、ユーモアたっぷりでよくできている。
 だが、作家・川端裕人の『動物園にできること』という本を読んでいると、イマージョン型の展示は所詮人間側の自己満足に過ぎないという意見が紹介されていて考えさせられた。確かにそうかもしれない。だが、ならば動物園はどうすればいいのか。展示、教育、研究、というう三本の柱を、どのようにバランスよく発展させるべきか。最終的には生命観の問題、倫理観の問題になってしまうのではないか。
 同書では「エコ・フォビア(生態系嫌悪症)」という単語にも出くわした。性的虐待を受けた子供がセックスに恐怖を感じてしまうように、小さいうちから生態系について怖い話を聞かされて育った子供は、生態系が破壊される現実に対して逆に目を背けたり、過剰に怖がってしまうことがあるのだという。サンディエゴ動物園ではレインフォレストの保存を呼びかけるパネルが目を引いたが、それも所詮はイメージアップを図る動物園側のエゴの産物なのか。レベルの高い動物園であるがゆえに、現代ミュージアムが抱える問題も凝集されているような気がした。


地球そのものを再現するかのような巨大水槽

 サンディエゴから飛行機でサンフランシスコへ北上、そこからプロペラ機に乗り換えて再び南へ数十分。スタインベックゆかりの地であり、かつては缶詰工場が湾岸沿いに建ち並んでいたことでも知られるモントレーに着く。一九四〇年代半ばから急激に漁獲高が落ちて工場は消え去り、現在はリゾートゴルフ場が林立する場所として有名なこの町に、実は世界に名を轟かす施設がもうひとつある。昔のイワシ缶詰工場を大改造して建てられたモントレー湾水族館がそれだ。一九八四年にオープンすると同時に絶賛を浴び、増築を施した九六年には全米の水族館で最高の動員数を樹立した。その驚異的な人気も頷ける。とにかく私がこれまで訪れた中でもあらゆる面で最高の水族館がここである。
 モントレー湾水族館のどこが素晴らしいのか。第一に挙げるべきは地域に根ざした展示コンセプト、そして第二は考え抜かれたそのディスプレイ方法である。その両者が理想的な形で結びついているのが「ケルプ・フォレスト」という高さ八・五メートルの大水槽だろう。テレビ番組でお馴染みのジャイアント・ケルプが日光を浴びて水中で揺らめき、その間を岩魚やサメの群れが泳いでゆく光景は、サンディエゴ動物園のイマージョン法すら超越して、地球そのものを再現しているような錯覚さえ覚えてしまう。
 サンタ・クルーズからモントレーに至るモントレー湾は、広い浅瀬と三千メートル級の峡谷の両方が存在する複雑な地形で、黒潮がアメリカ大陸に到達する地点でもあるため、水面から深海に至るまで極めて豊かな生態系が構築されている。このモントレー湾に棲む魚や動物が水族館の主役だ。ジャイアント・ケルプもカリフォルニアコーストに群生しており、ここにはラッコやタコ、エビなどさまざまな生物が集まってくる。そういった生き物たちの魅力を最大限に引き出すためにはどのような展示をおこなえばよいか。この水族館はそれを考え、研究を重ねて、専用の水槽を作ってしまうのだ。例えばここはジャイアント・ケルプを水槽内で飼育することに世界で初めて成功している。岸辺のように左右に揺れる海水を水槽内に再現したことが成功のポイントだったという。また「モントレー湾の生き物たち」というコーナーの巨大水槽は砂時計を横にした形。従来の円形の水槽では、その壁面に沿ってカーブしながら泳がなくてはならないため、魚はストレスを受けやすかった。この問題を解消したのが砂時計型の水槽で、見ると確かにサメやサバが八の字を描いて悠然と泳いでいる。
 クラゲのコーナーでは、海中を思わせる暗い展示室の中に、青い水槽が幻想的に浮かび上がる。色が薄いクラゲを魅力的に見せるため、照明の当て方や水槽内の水の循環方法などを独自に開発したのだそうだ。さらに浜辺をそのまま室内に再現してしまった展示にも驚かされる。本物の水鳥がぴょんぴょん砂の上を飛び回っていて、バードウォッチの気分が味わえる。


面白いと感じたとき私たちは既に「学んで」いる

 だが、それにも増して心を動かされたのは「インサイド・ストーリー」という企画展示だった。水族館のスタッフは毎日何をしているのか、魚は毎日何をどのくらい食べているのか、水槽はどのように管理されているのか、といった質問が入場者から数多く寄せられることから、この水族館はそれに答える舞台裏を展示に昇華させてしまったのだ。養殖されたプランクトンや水槽の裏側など初めて見た。もしかしたらこれも動物園のイマージョン展示と同じで、決して真実の姿を映し出しているわけではないのかもしれない。観客である私たちが無意識のうちに求めている「わかりやすい答」を用意してくれただけなのかもしれない。だが、たとえそうだとしても、考える材料が提示されるのとされないのでは大違いだ。やはりミュージアムの役目はこれだ、と思った。
 サンディエゴに戻り、人気スポットのシーワールドを訪れた。アシカやイルカのショーはもちろん楽しく、ペンギンやマナティの見せ方もよかった。遊園地的なアトラクションも整備されている。目玉であるシャチのショーを最後に見に行った。開演二〇分前に会場のプールへ行くと、正面の巨大モニタがシャチにちなんだクイズを出題していた。番号を観客に当てさせて開演前の時間を退屈させないようにとの配慮である。続いて放送されたのがシャチの飼育スタッフの日常を追ったドキュメントフィルムだった。その内容が素晴らしかった。ナレーターはこう締めくくったのだ。
……みなさんの中には将来シャチのトレーナーになりたい人がいるかもしれません。動物のことを勉強するのはもちろんですが、それだけではいけません。ショーを盛り上げるためにはユーモアと演技力も必要です。動物の世話をするためには大学で心理学も学んだほうがいいでしょう。勉強は大変だと思いますが、私たちは将来みなさんと一緒に働けることを願っています……。
 いま日本でこれだけのことを喋ってくれるシャチのショーがどれだけあるだろう? そういえばボルチモア水族館に行ったときも、イルカのショーは単に飛んだり跳ねたりの芸を見せるだけでなく、子供にイルカを触らせて動物の健康管理の方法を学ばせるなど、見事な教育プログラムになっていた。
 日本の動物園は、水族館は、私たちに何を与えてくれるだろう? 改善すべきことは多い。だが一方で、私たち自身が動物園と水族館に何ができるかも考える必要がある。私たちはただ漫然とミュージアムを訪れていないか。生き物やそれを飼育するスタッフに敬意を払っているか。最初から白けていて、面白いものを見逃していないか。
 面白いと感じたとき、私たちはすでに「学んで」いる。そして面白いと思わせる方法を模索することは教育の現場に欠かせない。当たり前のことだが意外と私たちは気づかない。ミュージアムは無言でそれを教えてくれる。



今月の飛び込みミュージアム
Hotel Del Coronado
ホテル・デル・コロナド


サンディエゴは映画の舞台としても有名である。『ロスト・ワールド ジュラシック・パーク』でティラノサウルスが上陸するのはレストラン「フィッシュ・マーケット」のあたり。湾内の海軍航空基地にトップクラスのパイロットたちが集まっていたことは『トップガン』で描かれているとおり。トム・クルーズが立ち寄るバーはいまも健在で、ここに来た女性はブラジャーを置いていくのが慣例とか(ただし現在の基地にはトップガンはいない)。だが映画ファンが絶対に見逃せないのはホテル・デル・コロナド。高級リゾートホテルとして古い歴史を持ち、歴代の大統領を迎える一方、マリリン・モンローの『お熱いのがお好き』や傑作恋愛ファンタジー『ある日どこかで』ほか数々の映画の撮影現場となったことでも有名なのだ。浜辺から眺めるホテルの赤い屋根と白い壁は抜群の美しさ。館内には歴史資料室や店舗もあるので、ぜひ立ち寄ってみよう。これもまたミュージアム!



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