瀬名秀明の世界のミュージアムに行こう!
第2回 ワシントンD.C. スミソニアン 博物館モール編
(月刊フィーチャー1999.7/pp.111-114)
アメリカのショッピングモールに行くと、なによりもまず店の数に圧倒される。長いモールの端から端まで延々と続いている無数のショーウィンドウ。それを見ているときに感じる何ともいえない昂ぶりを、知的好奇心の方向に最大限増幅させて体験できるところがワシントンD.C.に存在する。一流のミュージアムがずらりと並んだ区画――その名もずばり「モール」と呼ばれるそこは、国会議事堂とワシントンモニュメントの間に広がる広い草地だ。見るからに壮観な、世界一巨大なミュージアム・モールである。
第2回 ワシントンD.C. スミソニアン 博物館モール編
(月刊フィーチャー1999.7/pp.111-114)
複数のミュージアムを一カ所に集めようという発想は決して珍しいものではない。東京の上野にも国立博物館や科学博物館、西洋美術館、動物園が集中している。だが、いざその場に立ってみたときの感動度では、ワシントンD.C.の「モール」に適うところはないだろう。広い視界、緑地帯を挟んで左右に整然と並ぶ威風堂々たる建築物。すべてのミュージアムの入口が自分のほうに開かれている。その光景を眺めているだけで、「さあ、最初はどこから入ろうか」と胸の高鳴りを抑えきれなくなってくる。
このミュージアム群を運営しているのが「スミソニアン協会」だ。創設者はイギリス人科学者のジェームズ・スミソン。スミソンは一七六五年に生まれ、オクスフォード大学を出た後、化学・鉱物学の分野で活躍した。莫大な財産をアメリカに遺し、これがスミソニアン協会の母体となった。スミソンは生涯ただの一度もアメリカを訪れたことがない。その彼がなぜアメリカに遺産を贈ったのか定かではないが、アメリカという国の新しさに惹かれたためではないかといわれている。協会は一九九六年に創立一五〇周年を迎えた。
現在のスミソニアン協会は、一六のミュージアムと国立動物公園、四つのの庭園、さらに幾つかの研究施設を擁している。先にも書いたようにミュージアムの多くはモールにかたまっているが、なんとこの場所、当初は高級住宅街の遊歩道になるはずだった。ところが造成がうまく進行せず、結局は牧場として長い間用いられていた。スミソニアン協会の最初の建物(通称「キャッスル」)がぽつりと建っているだけで、荒れ果てていた時期もあったという。だがやがて協会のミュージアムがまとめて建設されることになり、現在の形になったのである。
胸を躍らせた、アポロやスター・ウォーズとの再会
スミソニアンの中でも抜群の人気を誇るのが、国立航空宇宙博物館だ。この博物館を紹介したビデオ「イマジネーションの翼」を観ると、ちょうど私たち見学者の抱く「わくわく感」がうまく表現されていた。まず建物の外で開館を待つ人たちの様子が映し出される。子供も大人もガラスに顔を近づけて中を覗き込み、ドアが開くのを心待ちにしている。開館と同時に足早にホールの中に入ってゆく彼ら。だが天井から釣り下げられている数々の飛行機を見つけると、思わず歩を弛めてそれらを見上げ、頬を紅潮させながら微かな驚きと笑みを浮かべるのだ。
この感じ、実によくわかる。航空宇宙博物館に足を踏み入れた瞬間の、あの高揚感。子供の頃に図鑑で見たあの宇宙船が、プラモデルを作ったあの飛行機が、いま自分の目の前にある。子供の頃の想い出が一気にフラッシュバックしてくる至福。「飛行の道標」と名付けられたこのメインエントランスには、歴史を飾った代表的な飛行機が一堂に集められている。まず目を引くのが人類初の飛行機であるライト兄弟の「ライト・フライヤー」。一九〇三年一二月一七日、ノースカロライナのキティホークにて、この飛行機はオーヴィル・ライトを乗せて約37メートル、一二秒間空を飛んだ。その右横に飾られている鮮やかな赤い機体が、チャールズ“チャック”イエーガーのベルX―1「グラマラス・グレニス」。一九四七年一〇月一四日(ライト兄弟の飛行からわずか四四年後!)、人類はこのジェット機で初めて音速を超える。
そしてライト・フライヤーの後方に展示されているのがあのアポロ11号コマンドモジュール「コロンビア」。アームストロング、オルドリン、コリンズの三人がこれに乗って月から帰ってきたわけである。人類初の月面着陸は一九六九年七月二〇日(イエーガーからわずか二二年後!)。編集者Tが感慨深げに呟いた。「37メートルから月までが、たったの66年ですか。全部今世紀……どころか、66年なら大抵の人は生きてる年数じゃないですか!」
この驚きもアメリカのミュージアムだからこそである。アメリカは常に宇宙開発の分野でパイオニアだった。いわばこのホールはアメリカの青春の記録なのだ。展示品はすべて本物。コロンビアは全体が硬質ガラスでシーリングされているが、底部の焼けこげや傷まではっきりと見て取ることができる。ガラスに触れながら、この自分の指からわずか数センチの向こうに月まで行って帰ってきた物体が実在していると考えると、本当に感動して胸が熱くなる。アメリカという国が持つ圧倒的なパワーを感じずにはいられない。このホールには一九六五年にジョン・グレンが乗ったマーキュリー・カプセル「フレンドシップ7」の実物もある。こんな狭いところに閉じこめられてジョン・グレンはひとり宇宙に打ち上げられたのだ。想像を絶する強靱な精神力が必要だったことだろう。
航空宇宙博物館には大きなレストランも併設されているので便利(他のスミソニアン協会のミュージアムにはカフェが少ない)。私は「レッド・バロン」なる往年の飛行機の名が冠せられたランチをリクエスト。
この博物館では毎週金曜日の夜に映画も上映している。笑ったのはプログラムに宇宙の描写のひどさでSFファンの逆鱗にふれたあの「アルマゲドン」や「インデペンデンス・デイ」があったこと。グレイ型宇宙人の人形のおみやげも売っていて、こんなことだからNASAはエイリアンと極秘会見しているなんていわれるんだよなあ、と苦笑してしまった。逆にいえば、こうでもしないとスミソニアンも資金を獲得できないということか。真面目なSFファンや科学者は怒り出しそうだが、実はスミソニアン協会の出版局からは『人類はなぜUFOと遭遇するのか』という最高に面白いUFO研究書も刊行されており、決して侮れない。近々翻訳刊行されるのでぜひともチェックしてほしい。
ちょうど私が訪問したときは「スター・ウォーズ 神話の魔力」という特別展示をやっていた。ルーカスフィルム全面協力の企画で、おそらく新作映画『スター・ウオ―ズ エピソード1/ファントム・メナス』の宣伝を兼ねていたのだろう。ダース・ベイダーやヨーダの本物の着ぐるみや、実際に撮影されたミレニアムファルコンなどの模型がずらりと並んでおり、超弩級の迫力。ヨーダの産毛の一本一本までがはっきり見える。まさかこんなところでスター・ウオーズの面々と再会できるとは思っていなかったので大感激。
『帝国の逆襲』をアメリカの映画館で観たときのことを思い出した。当時私は父の仕事の都合でアメリカに住んでいたのである。もちろん映画館は超満員、ルークたちのスノースピーダーが帝国軍の脚の長いウォーカーを倒すところでは、観客たちが一斉に大声で歓声を上げ、その熱気に圧倒されたものである(書いているうち『エピソード1』をすぐにでもみたくなってきた!)。
凶暴な巨大イカが赤いドレスの人形の正体!?
続いては国立自然史博物館/国立人類学博物館。自然史関係のコレクションはスミソニアン協会設立同時からの柱のひとつで、創設者スミソンの収集品が「キャッスル」に保存されていた。その後コレクションの増大に伴い一九一〇年に自然史博物館が設立され、増改築を重ねて現在に至っている。
まず驚いたのが「初期の生命」コーナーの入口にでんと据えられている巨大な岩盤。太い山形紋状のキャタピラ跡が縦横に走っているのが見て取れる。五億五千万年前の地層から発見された未知の生物の足跡だそうだ。この時期、クラゲのような生物は存在していたはずだが、こんな足跡を残しそうな生物の化石はまったく見つかっていないはず。いったいこれは何か? じっと見ていると少し怖くなってくる。
ここの目玉展示は巨大イカ。前回紹介したニューヨークのアメリカ自然史博物館がライバル意識を燃やしていたのがこれ。模型やイラストで見慣れているすらりとした赤い勇姿からすると、ホルマリン漬けになっているふにゃふにゃの実物標本は少々まぬけに見えるかもしれない。だがパネルに掲げられている捕獲写真や、生きて泳いでいる姿を収めた貴重なビデオを観ていると、本来の大きさが実感できてくる。
展示されている巨大イカは二種類。そのうちの一体は長い二本の捕食用触手が失われているものの、もしこの触手があれば全長9メートルになろうという代物。目玉の直径は二五センチ、体重200キロ。世界最大の無脊椎動物だそうである。もう一体は全長約2メートルとやや小ぶりだが、これは長い捕食用触手をもともと持っていないため。こちらのイカの特徴は、二本の腕の先にある発光器官と吸盤の爪。「神話から現実へ」というパネル説明も面白い。なぜ巨大イカが欧米諸国で恐れられたのか、さまざまな伝説を引用しつつ説明している。
例えば一六世紀の本にある次のような一節。「一五五〇年、めずらしい魚が捕獲され、コペンハーゲンに輸送されて当時の王に献上された。それは人間に似ており、頭は剃髪だった。修道僧のマントのような赤いドレスをまとっていた」。パネルでは当時の海坊主(シー・モンク)のイラストと巨大イカを対比させ、両者がいかに似ているかを示している。また昔の船乗りによる巨大海ヘビの報告の多くは、海面に浮上してきた巨大イカの誤認と考えると説明がつくそうだ。『海底二万里』など巨大イカが出てくる物語は多く、巨大イカの凶暴なイメージが形作られる要因となる。しかし実際には誤りも多く、例えばクジラと巨大イカの対決シーンはイラストや映画でおなじみだが、クジラがイカを食べる場合はあってもその反対はないとのこと。巨大イカは捕獲も難しく、まだまだその生態は謎に包まれているようだ。
美しいダイヤモンドは物理学への誘い
このほか圧巻は地理・宝石・鉱物を展示したホール。最初の部屋には世界最大のダイヤモンドである「ホープ・ダイヤモンド」(持った人が不幸になるという言い伝えで有名)を始め、高貴な人々が使用した豪華な宝石がずらりと並んでいる。圧倒されながら次の部屋に入ると、そこは鉱物の展示室。茜色から群青色へと変化する美しいトルマリンにうっとりとし、模型を見ながら結晶構造を学ぶ(猫目石に光が一本入るのは結晶が横一列に並んでいるからで、スターサファイアが星印に光るのは結晶の線が60度ずつ交差しているから。知ってました?)。
どんどん奥の部屋に進んでゆくと、鉱山の採掘現場の様子や岩石の種類が語られ、さらには火山活動やプレートテクトニクス、そして最後には惑星の成り立ちや隕石の成分までが学べるようになっている。最後の展示品は月の石だ。宝石で見学者の心を掴み、興味を持続させつつさまざまな科学分野へ誘ってゆく――これこそミュージアム展示のあるべき姿だろう。人を惹きつけるにはよく練り上げられたストーリーが必要だということを、このホールは教えてくれる。
私が見学に行ったとき、この自然史博物館は大規模な改築作業の途中だった。確かに部分的には時代遅れの展示もあった。だが見直しが定期的におこなわれることによって、ミュージアムは発展するものだ。いつ来ても同じ展示のミュージアムなどミュージアムではない。時代に合わせて積極的に変貌するその姿勢こそが、真摯に科学を映し出しているともいえる。優れたミュージアムは、永遠に完成しない宿命にある。
そう思うと、来世紀にスミソニアンを訪れる楽しみも、また格別だ。
United States Holocaust Memorial Museum
ホロコースト記念博物館
展示の最後に、次のような意味の言葉があった。「この時代、すべてのドイツ人がユダヤ人を迫害したわけではない。多くのドイツ人はホロコーストとは無関係だった。だが彼らはホロコーストをただ傍観していたのだ」