瀬名秀明の世界のミュージアムに行こう!
第1回 アメリカ ニューヨーク編
(月刊フィーチャー1999.6/pp.127-131)



莫大な金額を夢に変えた男たち

 日差しが窓から降り注ぐ広間に据えられた巨大な古代遺跡。これぞニューヨークのメトロポリタン美術館の一階にある目玉展示、「デンドゥールの神殿」である。サックラー・ウイングと名づけられたこの広間に入ると、遺跡そのものの大きさよりも、これを遥かエジプトから運んできてしまったメトロポリタン美術館(通称メット)の熱意に圧倒されてしまう。この神殿はローマ時代の初期に造られたもので、もともとはナイルの川縁にあったのだが、アスワン・ダムの建設によって水没する運命にあった。そこでエジプト政府はアメリカにこの神殿を贈答することを発表する。アメリカのエジプト遺跡救出活動に対するお礼というわけである。
 ところが莫大な運送費はアメリカ側が出さなければならない。それ以外にも組み立てと保存のための費用が必要となる。どうやってメットがそれらの資金を手に入れたかは、元館長のトマス・ホーヴィングが著した『ミイラにダンスを躍らせて メトロポリタン美術館の内幕』というなかなかイカした本に生々しく描かれている。彼は神殿のことをキュレーターから聞きつける、と即座にニューヨーク市のお偉方に電話して公園事業費の金額を引き上げさせ(注・メットはセントラルパークの中にあるので公園事業費が必要)、さらには政治的な駆け引きを粘り強く続け、他の美術館を抑えて大統領から獲得の許可を勝ち取るのだ。 
 私はこのウィングに足を踏み入れた瞬間、ほとんど無駄とも思えるほどの広々としたスペースにあっけに取られてしまった。穏やかな光を浴びてのんびりと日向ぼっこする人々は、おそらくメットが五〇〇万ドルもの金をここに注ぎ込んだことなど想像できないだろう。だが、それでいいのだ。遺跡の前に立ってホールの中をぐるりと見渡し、この壮大な空間の「量」を実感した瞬間に思った。これこそがミュージアムのダイナミズムである。
 突然だが、あなたは『インディ・ジョーンズ』に番外編ともいうべきTVシリーズが存在するのをご存知だろうか? 若き日のインディが世界を旅してさまざまな事件に遭遇するという内容なのだが、実はこのシリーズの第一回目は博物館の中から物語が始まる。 
 ときは現代のニューヨーク。学校の授業でクラスのみんなと一緒に博物館へやってきた小学生のマイクとボブは、退屈な先生の説明にうんざりしていた。古色蒼然とした博物館の展示品はまるで興味の沸かないものばかり。ふたりは隙をみて授業から脱走するのだが、途中で怖そうな老人につかまってしまう。老人が説教を始めるので、少年は反論する。「だってこんながらくただらけのところ、ちっとも面白くないじゃないか」すると老人は言うのだ。「がらくただと? わしの話を聞けば、ここにある展示品のひとつひとつが素晴らしいものに見えてくるはずだ。例えば……。」そして炎の目をしたジャッカルの像にまつわる話を始めるのである。 
 実はその老人こそインディ・ジョーンズで、博物館に展示されているジャッカルはインディが少年の頃に見つけたエジプトの遺物だったのである。少年たちはすっかりインディの話に魅了され、しまいにはもっと聞かせてほしいとねだるほどになってしまうのだ。 
 このストーリーはなかなか示唆的である。「博物館」に対する私たちの思いをうまく表現しているような気がするのだ。思い返してみると、私が子供の頃に訪れた博物館はいつもどこか古ぼけていて、外界から隔絶された世界だった。かつての私はそんな室内を眺めながら、興味を持ちたくても本気で持てないもどかしさを感じていた。ちょうど老インディに説教される少年たちのように。 
 だが最近、小説の中で博物館を取り上げることになり、改めて「ミュージアム」について調べ始めたところ、その面白さにすっかり魅了されてしまったのである。きっかけは東京科学博物館の体験コーナーで見た光景だった。子供たちが本当に目を輝かせてボランティアの人たちの説明を聞き、実際に剥製に触れたり工作をしたりして、まるで遊園地に来たかのようにはしゃいでいたのである。これで私の中にあったセピア色のイメージは完全に粉砕されてしまった。子どもが夢中になれるということはその展示が躍動的であるということである。現代には現代のミュージアムの姿がある。ミュージアムは、いまこの瞬間にも力強く発展を続けていることがわかったのだ。 
 なんとかこのことを多くの人に伝えられないかと思っていたところ、幸いなことに仕事の都合で数カ国を周ることになった。これを利用しない手はない。各地のミュージアムを見て回り、その中から選りすぐりのものを紹介するような連載ができないか、と編集部に持ちかけた。そんなわけで今回は世界ミュージアム巡りの第一回、真冬のニューヨーク編ということになる。


美術館がミュージアムな理由 

ニューヨークに行ってまず足を運んだのはメットである。「ミュージアム」の紹介記事なのになぜ美術館なのか、と思われるかも知れないが、美術館を英語で何というか調べてみてほしい。"Museum" of artである。実は「美術館」は「博物館」の中に含まれるのだ。「公立博物館の設置及び運営に関する基準」という文部省の告示によれば、博物館は「総合博物館」「人文系博物館」「自然系博物館」の三種に大別され、このうち人文系には歴史博物館と美術博物館が、また自然系には科学博物館と動物園・植物園・水族館が当てはまることになっている。ユネスコの定義でも美術館や動物園などは「博物館」の中に含まれることになっている。生きている動物を展示するのが動物園や水族館で、美術品を展示するのが美術館だと考えればわかりやすい。だからメットも立派に"Museum" of artなのだ。ただしこの"art"の量がハンパではない。 
 資料によると、メットの建物のスペースは約二万平米、所蔵点数は三〇〇万点を超えるというが、この数字の大きさは実際に行ってみないと実感できない。館内ではガイドブックも販売されているが、とても一冊の本では展示品の数と質の迫力が再現できていない。むしろガイドブックに載っていない展示品の中にときどきはっとさせられるものがあり、懐の広さを感じさせる。私の場合はイタリアのフェデリコ・ダ・モンテフェルトロ公爵邸の室内装飾を再現した小部屋に圧倒された。テーブルや本棚、キャビネットなどが壁に精密に描かれているのだが、なんとこれらは桑やオークなどの細かなパネルを張り合わせて作ったもの。とてつもなく豪華なだまし絵である。部屋の中にいると中世ルネッサンス時代にトリップしそうだ。 
 一階では「デンドゥールの神殿」を始めとするエジプト美術のコーナーや、アフリカ・オセアニア・南北アフリカ美術のホールが面白い。二階の見物はなんといっても一九世紀ヨーロッパ美術と中世ヨーロッパ絵画で、印象派の有名な作品が無造作に並んでいるのには感動する。ヴァン・ゴッホの「麦藁帽子の自画像」もあった(この絵の裏に別の絵が描かれていることも初めて知った)。ところがやはり最高峰の美術館だけあるというべきか、写真撮影の許可を取るのが難しく、結局開館前の一時間で、しかも事前に申し込んだ場所でだけの撮影となってしまった。私がひとりぽつんと写っているのはこのためである。まあ、数十分でもヴァン・ゴッホを独り占めできたので感謝すべきこのなのかもしれない。
 時間に余裕がある人は、無料のガイドツアーがいくつもあるので参加するとよいだろう。絵の描かれた背景などを詳しく教えてくれる。そんなガイドの説明で私が興味を持ったのは、ジャック・ルイ・ダヴィッド作「アントワーヌ・ローラン・ラボアジェ夫妻」である。ラボアジェというこの名前、どこかで聞いたことがあるはずである。そう、同じ物質は気体になっても液体でも固体でも質量は不変、という「質量保存の法則」を唱えたあのラボアジェだ。テーブルの上に置かれた器具は、水の組成を解明するための実験に用いられたもの。中学生のとき、誰もが理科の実験でやった水の電気分解の元祖がこれである。美術館は化学の勉強にもなるのだ。 
 博物館を語るうえで忘れてはならない絵画がメットにはふたつある。ガイドブックにも紹介されていないので見逃してしまうかもしれないが、二階のヨーロッパ絵画の部屋に飾られているパンニーニ作の「古代ローマ」と「現代ローマ」がそれだ。無数の絵画が掛かっている画廊を描いた作品で、前者には古代ローマ遺跡の絵が細かく描かれており、後者には作画当時のローマの建物が観光名所のように記されている。この手法こそパンニーニの発明で、ひとつの絵の中に数多くの絵を組み込むことによって、より多くの情報を提供することに成功したのである。なんとも「ミュージアム」的な発想ではないか。なんとなく現代のCD−ROMやインターネットを思い起こさせる。


探検家たちの夢が博物館を発展させる 

 続いては「世界最大の民間の博物館」と呼ばれるアメリカ自然史博物館である。「ミュージアム」といって多くの人がもっとも自然に思い浮かべるのは自然史博物館だろう。恐竜の化石や絶滅動物の剥製、美しい鉱石など、自然の神秘を展示するmuseum of natural history は、「博物館」のひとつの典型といえるかもしれない。ニューヨークの自然史博物館はメットと並んで観光名所にもなっており、また先に述べたヤング・インディ・ジョーンズの話でもわかるように、しばしば物語の舞台としても採用されている。実は『パラサイト・イヴ』のゲーム版にも、中盤の重要な舞台として登場するのだ。

 メットと比べると、取材には好意的で、博物館の広報担当の女性ふたり、メアリーさんとヘレンさんに案内してもらうことができた。まずは四階、恐竜と哺乳類の化石である。最近改築されてきれいになったということで、ガラスや柵によって仕切られ、進化の順に整然と並ぶ巨大な化石群には息を呑む。中でも興味深いのがアルゼンチンで見つかった竜脚類の卵の化石だ。七億年から九億年前の化石で、卵の中には生まれる前の恐竜がいる。トカゲそっくりな皮膚のディテールまで見てとれる。

 二階のオークリーホールと呼ばれるアフリカ動物の剥製展示室もすごい。中央には大きなアフリカ象の剥製、さらにそれを取り囲むように、マウンテンゴリラやガゼールなど29のジオラマがぐるりと並んでいる。どの剥製も毛並みがよく、リアルなポーズを取っているので、実に生き生きとして見える。そのことを広報の方に伝えると、うれしそうに頷いた。「この博物館に展示してあるジオラマの85%は本物の剥製を用いています。自然なポーズを作るために、野生の動物たちの動きを撮影したビデオを丹念に研究するんです。ジオラマは多くの専門家によって分担作業で作られていて、リアルな背景を描く専門の人もいるんですよ」

 アメリカ自然史博物館のスーベニアショップで「アメリカ自然史博物館の至宝」というCD−ROMが売っている。パソコンを持っている人はぜひとも購入してほしい。この中に、ジオラマのすばらしい背景を描き続けた男、ジェームズ・ペリー・ウィルスンが紹介されている。彼は正確な背景画を描くために現地へ赴き、カラースケッチをしたり立体写真を撮ったりするだけでなく、植物の標本なども集めてリアリティを追求した。彼の背景画は手前に置かれている剥製や地面と完全に一体化して見えるほど精密で美しい。剥製たちがヴィヴィッドに見えるのは、このジオラマのおかげなのだと改めて驚く。現在では世界中の博物館がジオラマ展示をおこなっているが、アメリカ自然史博物館がその元祖だといっていい。本家本元の迫力と美しさは、いまも私たちを充分に圧倒してくれる。

 巨大イカが新たに入ったとの情報を事前に得ていたのだが、見当たらないのでヘレンさんに聞いてみた。
「この秋から展示するんです。これまでは模型だったけれど、今度のは本物。巨大イカを展示する施設はここが世界で三番目ですよ」
「スミソニアンにも巨大イカのホルマリン漬けがありますね」
「ええ、でもこっちのほうが大きいし、若くて保存状態がいいのよ」
 ぶらぶらと見て歩いていて仰天したのが一階の「人間のからだと進化」のコーナー。なんと「ルーシー」の化石が展示されている。ルーシーとは人類の祖先ともいうべきアウストラロピテクスの俗称である。最初にこの化石が発見されたのは一九七三年。場所はエチオピアのハダール。発見した日の夜に発掘現場のキャンプで流れていたビートルズの「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンド」にちなみ、「ルーシー」と命名されたのである。ここに展示されているのは三二〇万年前の化石で、もっともよくまとまった骨格だとのこと。その隣には、絶滅した人類でホモ・サピエンスの祖先ともいわれるホモ・エレクトスの近縁、ホモ・エルガスターの「トゥルカナ・ボーイ」の骨格もあった。こちらは一六〇万年前の化石である。こんなところでルーシーに出会えるとは思わなかった。そのほか面白かった展示としては、生きたチョウを40種も放し飼いにしてある温室、壁一面にさまざまな植物や水棲動物を掲げた「生物多様性ホール」、鉱物・宝石の部屋など。一階のカフェテリアの天井に吊り下がっている巨大なシロナガスクジラの模型も楽しい。

 ただ、見学していてひとつ気になったのは、民俗学的な展示がかなりの面積を占めていることだった。なぜ「自然史博物館」なのにエスキモーやメキシコ人の民芸品が展示されているのか。「自然史」すなわちナチュラル・ヒストリーと民俗学との関連性がいまひとつ理解できなかったのである。ヘレンさんにそのことをうかがってみると、ナチュラル・ヒストリーというのは人類と地球の歴史を包括することだから、彼らの生活の様子も展示してあるのだとの答が返ってきた。それでも私は納得できなかった。もしかするとかつての学芸員たちは、辺境の地に住む人々をコアラやパンダと同じように考えていたのではないか、とさえ勘ぐってしまったのである。

 だが、後になってこの疑問は氷解した。かつての博物学は、「探検」という行為によって民俗学と一体になっていたのだ。
 アメリカ自然史博物館の最初の建物が一般に公開されたのは一八七七年である。当時のマンハッタンはまだ人口も少なく、開館直後の数年間は深刻な入場者不足に悩まされ続けたらしい。大衆に支持される博物館になるためには何よりもまず新しく価値あるものの収集だというわけで、一八八〇年代以降、博物館は各地へ次々と探検隊を送り出した。その数は五〇年間で一〇〇〇を超えたという。こういった大規模な「探検」が数々の発見をもたらし、博物館のコレクションを充実させていった。つまり現在陳列されている多くの民俗学的資料は、大探検時代の名残なのだ。

 アメリカ自然史博物館の最後にして最大の「探検」は、ロイ・チャップマン・アンドリュースという哺乳類学者が一九二一年におこなったモンゴル地方への大遠征である。彼の目的は人類の進化の歴史を解き明かす「ミッシング・リンク」=(ヒトとサルの中間に位置すると考えられる未発見の生物)の化石を見つけることだった。結局彼はその目的を果たすことができなかったのだが、恐竜の卵やごく初期の胎盤哺乳類の化石を見つけるなど、全般的には大成功を収めた。北京の内戦に遭遇し、ゴビ砂漠を横断し、モンゴルの山賊に悩まされるなど遠征は困難を極めたはずだが、それだけに世界中からの注目度は大きかった。アンドリュースは後に博物館の館長に就任している。

現在は交通機関が発達し、「探検隊」の活躍する場はほとんど失われてしまったように思える。だが本当にそうだろうか? そんなことはない。海底、アマゾン、宇宙、あるいは細胞内のミクロの世界。今日もどこかで新たなアンドリュースがすばらしい研究をおこない、明日の博物館を面白くする成果を上げているはずだ。

 ダグラス・J・プレストンという作家が書いた『屋根裏の恐竜たち 世界最大の自然史博物館』には、アメリカ自然史博物館にまつわる面白いエピソードがぎっしりと詰まっている。この中にアンドリュースの写真が掲載されている。レンジャー・ハットをかぶり、右手に銃を持ち、ゴビ砂漠の丘に腰を下ろし、遥か遠くを見つめるその姿は誰かに似ている。――そう、噂によれば、彼こそインディ・ジョーンズのモデルになった男なのである。

 自然史博物館は断じて古色蒼然たる時代遅れの場所ではない。あのインディ・ジョーンズの軽快なテーマ曲こそがふさわしい。



今月の飛び込みミュージアム
The Museum of Television&Radio
テレビジョン&ラジオ博物館


マンハッタンにはいくつも面白いミュージアムがある。近代美術館(MoMA)の近くにあるテレビジョン&ラジオ博物館は、入り口も小さいので見逃してしまいがちだが、侮ってはいけない。アメリカの昔のテレビ・ラジオ番組が大量に保存されていて、ひとり三つまで視聴することができるのだ。私はここで「ミステリーゾーン」や「宇宙家族ロビンソン」をリクエスト。一方、私と一緒に入った女性編集者Tは「パートリッジ・ファミリー」なる往年のドラマを発見。音楽一家がアメリカを旅する話だとかで、中でもデビッド・キャシディというお兄ちゃんが当時は大人気だったらしく、Tは彼と再会できたことに大感激。ミュージアムショップでTシャツを発見すると、サイズがXLであるにもかかわらず「ここで逃したら一生後悔する」と自分にいいきかせて購入していた。「NYに来て最大の収穫」だとか。あっという間に時間が経ってしまう、タイムマシンのようなミュージアムだ。



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